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009お江戸の美容ビジネス【男性編】 - ちょんまげやひげはプロにおまかせ!美意識が一変した江戸時代

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髪型は、その人の年齢や社会的なステイタスを象徴するものですが、日本では特にその認識が強いようです。一昔前のお話かもしれませんが、男子中学生は全員、坊主にせねばならないという校則......ありましたよね。一方、中学時代には坊主頭を強制されていたというのに、彼らが会社に勤めるようになると、今度は坊主頭が禁止という社則に出くわしたりもします。
ステイタスや身分にふさわしい髪型というルールが現在でも厳しく存在するのは、ある意味、日本ならではの現象かもしれません。その源流となった、江戸時代の理容・美容産業のありかたを今回は覗いてみましょうか。

身分で髪型を選ぶしかないという現実

江戸時代の日本では、士農工商と呼ばれる身分制がありました。ただし、身分は完全に固定されていたのではありません。実際のところ、武士階級以外の出身者でも、才智や人柄を認められて、武士の家に養子として入る場合もありました。また、お金で武士の身分を買う......なんてことまでフツーに制度化されていたのですね。幕末に活躍した勝海舟などがその例です。勝海舟の祖父は金貸しで、貯めた金で武士になったというわけです。
しかし、武士になった途端、つまり仕事が変わった途端に、彼らはビジュアルも変えねばなりませんでした(ちなみに武士以外の庶民は毛髪を剃り込んでいる部分が多く、また自由に様々な髪型を楽しめました)。

Fotolia_18746742_Subscription_Monthly_M.jpg「髪型は、ステイタスや身分にふさわしいものに」という意識は、江戸時代に源を発する

月代(さかやき)と呼ばれる、額から頭頂部にかけての部分をなぜ剃るのか(あるいは、脱毛される場合すらあった)......には諸説あります。「男性は頭に血が上りやすいので、髪の毛がないと、クールダウンが期待できるため」とも「兜をかぶる時にこのほうが快適だったから」ともいわれていますね。まぁ、どちらもコジツケの理由だとは思いますが。
また現代では、「ちょんまげ」と総称される、これらの男性の髪型ですが、「ちょんまげ」とは「小さな髷(まげ)」の意。髷を作るのに必要な毛髪量すら足りなくなってきた男性の髷(まげ)は、必然的に「ちんまり」とならざるをえません。そういう寂しいアタマの様子をさしたのが「ちょんまげ」という単語だったのですねぇ。

そこで登場したのが美容ビジネス!

さて、このような髪型にするには自分で整えられる場合もあれば、プロの髪結いを呼んで、整えてもらう場合がありました。身分の高さや金銭的な問題ではなく、たとえばオシャレで有名だった伊達政宗は晩年になっても自力で、それも一日に何度となく髪を結い直していたそうな。一方で、不器用な男性の場合は「廻り髪結い」とよばれる美容師を家に呼んだり、もしくは「床屋」と呼ばれる彼らのお店をお客が尋ねて月代を剃ってもらったり、髪を整えてもらったりしたわけです。
18世紀後半にあたる天明年間では、田沼意次の経済重視政策の効果があらわれた「バブリー」な世相もあいまって、男女ともに凝ったハデ目な髪型が流行りました。自力で髪がなかなか整えにくくなっていたので、髪結いたちが大活躍です。
基本的に髪結いの業務としては、月代の手入れや髪の結い直し、顔剃り......といった、われわれが床屋の通常業務として想像するサービスのほかに、なんと耳掃除までもが含まれていました。

Fotolia_38043726_Subscription_Monthly_M.jpg「床屋」は、昔からなくてはならないサービス業だったようだ

髪結い業は、儲かる仕事だった!?

ちなみに江戸時代の男性が「床屋」に行くのは、現代風に言えば、1000円カットではなく、美容室を訪ねる感覚です。このとき一回の施術に支払われたのが240~280文前後。現在の価値にして5000~6000円ほど。まさにちょっとした美容室のカット料金って金額ですよねぇ。
一方、年季契約の「廻り髪結い」から出張サービスを受けた場合、一家の大黒柱からは100文(数千円ほど)、従業員からはその半分程度を施術代として受け取ったようです。一度の出張で多数のヒトの髪を整えられるため、1回1回の施術が割引になっているのです。
「廻り髪結い」は儲かる仕事だったと思います。なぜなら基本的に10日ほど、長くても14日ほどで髪をプロに手入れさせていたヒトのほうが多かったらしいのですね。
現代でも美容師の出張はあるにはありますが、基本的にターゲットが高齢者中心だったりします。余談ですが、深夜も出張OKな美容師さんの存在が一般化したら、休日の午前中を美容院に費やさなくても済むわけで、すごーく便利かもしれません。

Fotolia_41905117_Subscription_Monthly_M.jpgメンズ脱毛の源流は、早くも江戸時代に確立した美意識だった!?

ちなみに江戸時代、武士は幕府(もしくは仕える藩)に届け出を出さねばヒゲを生やすことはNGでした。戦国時代は逆に、ヒゲが薄い男性は「かたはづら(残念な顔)」とよばれ、全体的にヒゲもうすく、ツルツルスベスベしていた豊臣秀吉などは付け髭をして誤魔化したそうです。
それが江戸時代になると美意識が一変、基本的にツルツルスベスベの肌の持ち主が好まれるようになったので、ヒゲは剃るより毛抜きで抜くべきというケアが男性の間で流行するように。要するにヒゲは江戸時代、一番の無駄毛として考えられていたのですねぇ。

次回の【後編】では、女性の髪結いについて取り上げます。

© 堀江宏樹

 
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著者情報

ホリエヒロキ

堀江宏樹

歴史エッセイスト・作家。1977年生まれ、大阪府出身。早稲田大学第一文学部フランス文学科卒業。大学在学中からフリーランスライターとして文筆活動を開始。『仰天! 歴史のウラ雑学 後宮の世界』(竹書房)で作家デビュー。性別を超えた独特の論調で、幅広いファン層をもつ。

最新刊としては、角川文庫版『乙女の日本史 文学編』が2015年7月25日、幻冬舎新書として『三大遊郭 江戸吉原・京都島原・大坂新町』が9月30日に発売。『乙女の真田丸』が10月中に発売(主婦と生活社)。
好評既刊に『乙女の松下村塾読本 吉田松陰の妹・文と塾生たちの物語』(主婦と生活社)、『女子のためのお江戸案内恋とおしゃれと生き方と』(廣済堂出版)など。監修として参加の、音楽家バトルファンタジー漫画『第九のマギア』(メディアファクトリー)の第一巻も発売中。

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堀江宏樹

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